台湾の南の島・澎湖島(ぼうことう)情報

台湾の南の小島・澎湖島の自然や文化・人情・イベント・見どころなどを現地からリポートします。

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澎湖島では日本時代の建物を含む古いものを何とか保存しようと努めています。多分日本ではOA化に対応しづらいとかで、取り壊してしまうであろう建物も、こちらでは特徴があるならば保存してゆくと思います。それは台湾もそうですが、澎湖島には歴史がないからです。資料によると馬公でもっとも古いのは天后宮で400年前から存在していたとのことですが、今の建物であるとは言えません。何れにせよこれは台湾でも飛び抜けて古いものらしいですが、後はせいぜい100年程度です。日本人には分からない感覚かも知れませんが、台湾人で大陸への帰属を求める人の中には、中国4000年の歴史に対する憧憬があるという人もいます。確かに、そうした歴史建造物の絶対数の少ないここ澎湖では、日本統治時代の建物さえ貴重なようです。またこの頃の日本建築・取り分け公的な機関は和洋折衷で造りましたから、なかなか立派な建物で今でも見栄えがします。斯くして、日本ではなくなってしまったこうした歴史的な建築物が、澎湖島に数多く残っている由縁です。まさかこんな所でと思う懐かしさを感じないではいられません。それでまずここからシリーズを始めるべきかもしれません。いまでもまったく同じ姿で往時を忍ばせているのは澎湖県庁舎です。資料によると昭和9年ですから70年の風月に耐えている事になります。和洋折衷の作りで、手入れが行き届いており今も県庁舎として使われています。地下には駐車場がありますが、勿論これは最近になって作られたものです。それ以外はその当時と同じです。これは↓今もそのままのものが県庁舎として使われている写真です。
県庁舎



澎湖貴賓館
馬公市中央里介寿路にある澎湖貴賓館は昭和18年に建てられてたもので、その名の通り、日本の皇族や軍の高級幹部の宿舎として用いられました。戦後は蒋中正や蒋経国総督等の宿舎として用いられました。和洋折衷の建築様式で、外部から観察するのは自由ですが、予め縣の民政局に申請するなら内部も参観できるようです。貴賓館だけあって貴賓に溢れており、澎湖に来たら是非見ておくべき建物と言えると思います。

貴賓館


旧台湾総統府専売局澎湖出張所。現在は台湾於酒股イ分有限公司。これも和洋折衷の建物ですが、昭和13年に造られています。たばこ・酒・塩・マッチ・油などが専売品であったときの建物です。当時からの色のままかは知りませんが、現在はベージュの壁にくすんだオレンジ色の瓦で、今でも結構見栄えがあります。現在も現役で使われていて、外から見るのみの参観です。

塩・煙草・酒等専売局


澎湖の64諸島の内の一つに東吉嶼と言う小さな島があります。定期航路はなく、望安島から漁船をチャーターしないと行けない島なので、もしかすると、私が去年の夏訪れたのは、日本人としては戦後初めてであったかも知れません。そこに是非行って見たかったのは、白と黒の美しい灯台があるからです。資料によると明治44年となっております。3組の灯台守がいて交代で火を守っています。と言っても現在は電気なので昔ほど苦労はないのかも知れませんが・・・・。台湾のどこの灯台もそうですが、良くペンキが塗り替えられており、とても綺麗です。興味深い事にこの島には黒と白の毒蛇がいて、灯台の色と同じです。この島で丘ヤドカリを捕まえたので、もって帰りました。日本では天然記念物で捕獲が禁じられていますが、台湾ではその様な指定はないようです。かなりの大物で恐らく日本にこの様な大きなモノはいないのではないかと密かな自慢です。日本統治の時代の灯台が今なお光を放っているのは興味深い事だと思いませんか?
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見るからに和洋折衷であることが分かる歴史建築―澎湖開拓館
残念ながら日本時代の建物は減少の一途をたどっており捜すのが容易ではありません。この建物は日本統治時代に建てられた澎湖庁長の官舎でした。終戦後は日本人ではない澎湖県長の官邸として使用されていたそうです。そして、今は、澎湖の歴史を紹介する展示館として用いられています。この写真は日本庭園から見たところです。もっともあまり日本庭園らしくはありませんが・・・・。

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これは澎湖島の歴史建造物の一つに指定されている日本統治時代の電報電話局です。馬公港の近くにあり、公衆電話が設置され手いるので電話局に関係していることは分かります。澎湖旧郵便局の建物で、大正13年の建築。和洋折衷で屋根は本体が切り妻で、玄関の部分は寄せ棟風です。しかし、正面から見ると兜の様でなかなか風格があります。現在では電話局の公衆電話課の事務所として用いられています。保存の対象になっているので、これからも存続して行くものと思われます。和洋折衷を思わせる建物ですね。それにしてもこの色は何とかなりませんかね。

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馬公港税関派出所で現在は高雄関税局稽査組督察課督察四股駐馬公事務所というなになっているらしいです。馬公港のそばにあってなかなか風格があるので日本の時代の建物らしいとにらんでいましたが、やはりそうです。資料によると明治38年に建てられたようです。外からの観察は自由だそうですが、中を見たい時は関係機関に連絡の事とありました。税務署にでも聞けば良いんでしょうかね。ここから大陸との間の関税業務を受け持っていたようです。県が定めた古跡という事でこれからも保存されてゆくようです。現在は関税関係の業務を行うことが看板に書いてありますが、使っている様子はありません。なかなか見栄えのする建物です。

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台湾人の中にも中国にあこがれる人は沢山いるようです。そしてその理由が台湾自体にはあまり歴史と言えるようなものがなく、それで中国4000年とか言うそうした歴史に魅力を感じているからだと聞いたことがあります。それが関係しているかどうかは定かではありませんが、古い建物を残しておこうという気持ちは強いようです。その保存対象になっているのものに日本統治時代の建物もその中に含まれています。公共のものは和洋折衷でなかなかしっかりした作りなので、残りやすいのですが、民間のものは歳月と共に外観も悪くなり、やがて壊されるという傾向があります。しかし、澎湖島の一つの名所なのですが、四つ目井戸と言う所があります。四つの井戸があるだけの所なのですが、そこには日本統治時代の建物があり、一種独特の雰囲気があります。そこの一つの建物が改装工事を行っています。改装と言うより新築と言った方がよいのですが、なんと表の和洋折衷の外観だけを残しその裏は全面的に立て直しをしています。ですから、外観は古いのですが、中身は新築と言うことになります。できあがりが楽しみです。こちらに来た時は是非寄ってみて下さい。今は古い印刷やの外面だけが倒れないように支えられていて、後ろの部分はすっかりなくなっています。これらの建物はもう日本には残っていない種類のものです。何となく以前に見た感じのする建物で、懐かしく思うかも知れません。 この家は印刷業を営んでいたようです。四つ目井戸に来たら是非辺りを見回して下さい。何となく懐かしい感じがするはずです。

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これがその外見だけを残して裏側というか中身はすっかり新しくされている建物の外側の部分です。こんな建物は世界広しと雖も、あまりないと思いますよ。嬉しいではないですか、日本の面影を残そうとしてくれているんです。台中にある香焦楽園という日本統治時代を偲ばせるスポットを思い起こさせてくれる所となっています。櫓で支えられていて、後ろの部分は全て壊されているのが分かりますか?

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乾益堂中薬行
これは商店の表の外観のみを残して全て新築している印刷屋の建物の前にある建物で、そこで売っている薬膳卵が有名です。資料によると大正7年に作られたもので、県指定の古跡となっています。木造とあるので澎湖では本当に珍しい種類のものです。建物の外観は西洋風とりわけバロック風で内部構造および材料は福建省の伝統的な物も使われているようです。四つ目井戸の所にありますので、井戸ばかりみないでこちらの方もとくとご覧あれ!
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龍門にある日本軍の上陸記念碑
澎湖島にはこんなものまで残っているんです。それは日清戦争の時に日本は清国と戦い、この澎湖島も戦場となりました。そして龍門から日本軍が上陸し、この上陸記念碑を建てました。尤も、日本の降伏により変換されたので、この上陸記念碑の隣には光復記念碑も立っています。道の案内板には、日本軍の上陸記念碑としての案内があります。この様なものは廃棄されてしまう性質のものかと思うのですが、残しておく所が凄いと思いませんか?1895年の建築物です。
日軍上陸記念


龍門の日軍上陸記念碑


林頭にある日本軍の上陸記念。こんなものが壊されずに存在していること自体不思議なことです。日本軍と戦った蒋介石の軍隊が台湾に逃げて来て、その後ここで統治を行った訳ですから、当然こうしたものは存在しなくなって当たり前のはずですが、残っています。勿論国民党政府が来てから、その名称が抗日戦争勝利記念に書き換えられましたが、元々は日本軍の上陸記念碑でした。それで、ガイドブックには日本軍の上陸記念碑とありながら、そこに立っているのは抗日戦争勝利記念碑というわけです。

抗日記念碑



馬公会という親睦団体があります。敗戦で日本に引き揚げた人たちと、ぼうこ島の人たちとの親睦団体です。とりわけ、日本人の教師と台湾人の教え子たちとの間の交流にはそのことを知るだけでも心が熱くなるものがあります。日本の先生たちは軍国主義の時代を反映して厳しかったようです。しかしここの人たちは厳しくも愛をもって教えてくれた先生を慕い、ずーーと交流を続けています。先生たちはもう90才を超えています。教え子たちも80才になろうとしています。 

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日本時代の建物ではありませんが、昨日(2005年3月2日)澎湖島観光局が発行した日本語版の澎湖島の案内ブロシュアーです。珍しく有料(30元)とありますが、実際にはただです。しかしこれを手に入れるには観光局に行かなければならないので、なかなか手に入れにくいです。殆ど日本人が来ないところですけれど、日本人のためにこんなきれいな案内書を発刊してくれるなんてうれしくなるではないですか!他にもたくさん日本語で書かれた出版物があります。日本に対する期待の高さを示していますが、如何せん、台北の中正空港から、国内線の松山空港に移動しなければならないので、日本からここに来るのは大変なんですね。それがなければもっと来ると思いますが・・・・・。

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日本の統治時代を思い起こさせるポスターです。ミツシ石けんという会社はいまでもあるのでしょうかね。ミツワ石けんならしってますけど。なかなか良い雰囲気がでています。

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ポリタミンという商品名は聞いたことがなくても、武田薬品は今でも健在です。この絵は残念ながらカビにやられて所々白くなってしまっています。台湾ではまだこの様な古いポスターを手に入れることが出来ます。

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コメント
この記事へのコメント
はじめまして
はじめまして。ktkrと申します。素晴らしいホームページに巡り会えて、嬉しく思っています。管理人さんは馬公で学校を運営なさっているんですね。実は先週、取材で澎湖島を回ってきました。東部の離島が中心だったのですが、馬公市内もオートバイを借りて回ってきました。私は日本統治時代の遺構に興味があり、貴サイトでも紹介されているところを中心に訪ねてきました。
それではよろしくお願いいたします。今後、ちょくちょくアクセスさせていただきます。
2006/04/24(月) 00:30:48 | ktkr | #JalddpaA[ 編集]
管理人様、ありがとうございます。澎湖島は個人的にも大好きな土地で、しかも発見が多いので、興味が尽きません。これからじっくりとサイトを拝見させていただきます。それと、リンクを貼らせていただいてもよろしいでしょうか。ご検討ください。
2006/04/25(火) 12:49:40 | ktkr | #JalddpaA[ 編集]
管理人様、ktkrです。リンクの件、ありがとうございました。今、パソコン上のトラブルでホームページの更新がとどこおっています・・・。今しばらくお待ちください。まずは私のブログのほうでご紹介させていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。
2006/05/06(土) 12:21:10 | ktkr | #JalddpaA[ 編集]
Japan は ともたちwith Taiwan
Japan wa left many ke-le-yi-na architectures and cultures in Taiwan. あの treasures still astonishing and much better than KMT じあんけあいしえ!
はたしたじは miss にはん culture/history in Taiwan a lot.
ありがどごぢいます for your effort in Tiawan!
2010/08/12(木) 20:38:46 | TAIWAN Gin de su | #-[ 編集]
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